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December 31, 2004

スマトラ沖地震・津波被害について

New Year’s Eve、本当はのんびり過ごしたい日だけれども、アジアがとんでもない事になっている。今この時間のCNNが伝える所でインドネシア・スマトラ沖地震・津波の死者13万人以上、被災者数百万人。確認が進むにつれ更に被害が大きくなるだろうし、また伝染病等の懸念も広まっている。私が生まれてから最大の天災だし、これからの人生でもこんな酷い事は二度とないかも知れない(そうあって欲しい)。

ところが各国のニュースサイトを見ているとどうも日本の報道に緊張感がない。アメリカ・欧州はクリスマス休暇だった為、各国とも数千人単位で行方不明者が出ている事もありつぶさに状況を伝えているが、日本の報道は朝日・読売のサイト等でも誘拐事件の容疑者逮捕・雪等の扱いのほうが大きい。

日本人の犠牲者の報道もツアー客の確認が最初でやっと個人旅行者に目が行き始めた所。現地に住んでいる日本人、ましてや国際結婚で国籍が変わった人などには殆ど報道・安否情報が流されていない。勿論在留届けの事等もあり、実態が把握出来ていない=安易な報道も出来ないという事もあるだろう。でも、これって「911同時多発テロ」の時と同じ。日本のメディア(+領事館!・今思い出しても腹が立つ)はあの時も確認のしやすい日系企業に勤める人間の安否の確認に集中し、個人旅行者や留学生、日系企業以外の努める人たち、そして多くの永住日本人を無視した。その代わりに日本人旅行者が空港等で繰り広げた醜態(飛行機の乗せろとエアラインの地上勤務の女性の首を絞めるようなオヤジが続出した)等は報道しなかった。

「911同時多発テロ」の時も、そして今回も結局インターネットが真実を伝える上でも最も機能しているように思える(無茶苦茶なゴミ情報が多かったけれど。例:親切な中東の人が、サイフを届けたら地下鉄テロが起きるのを教えてくれた・・・等)。

下記に役に立ちそうなサイトを上げておきますのでご参照下さい。

インドネシア・スマトラ沖地震情報(ブログ)
インドネシア・スマトラ沖地震及び津波による被害状況、行政発表、邦人安否情報を随時更新。

スマトラ地震救援情報ブログ

スマトラ沖地震津波NEWS(ブログ)
2004年12月26日に発生したスマトラ沖地震と津波被害に関するニュースです。

日本ユニセフ協会の緊急支援情報

Yahooによる義援金受付先一覧

CNNによる義援金受付先一覧

最後になりましたが、亡くなられた方のご冥福と共に生存された方に一日も早く支援が届くよう、そして全ての人に2005年が良い年でありますように祈っております。

December 29, 2004

サンタバーバラ

Santabarbara05Santabarbara01                              「LAストーリー」というコメディ映画で、「LAのカップルがお忍びで出かける場所」として紹介されるサンタバーバラ。山と海に囲まれ、スペイン風の美しい町並みと故レーガン元大統領とマイケルジャクソンという有名な住民を持つこの街はロスアンゼルスから車で約1時間半。

大小様々な教会・伝道所があるが中でも一番その歴史が長く(1786年に設立され1820年に建て替え)、また一番大きな伝道所がミッションサンタバーバラで、この街に行くときは必ず寄るようにしています。街を見守るように丘の上に立つその立地の良さと美しさは西海岸の多くのミッションの中でも最高と言われています。訪問日がクリスマスデイだった事もあり外ではキリスト生誕の様子の展示、中ではミサが行われていました。

もう一つの街の名物は「コートハウス」。何だか「裁判所」というのが似つかわしくない明るい建築物で中の見学も可能。昔訪問した時にはその美しい芝生の上でアメリカ人のカップルが牧師さんプラス通りすがりの人を証人にして結婚式を挙げていてロマンチックだなあと思った記憶があります。

今回は日没で余り良い写真が取れず残念。また出直します。


December 26, 2004

ロスアンゼルスのクリスマスII

LAchristmas001LAchristmas002                                                  東に比べて色気に欠ける(?)西のクリスマスですが、夜ともなれば電飾も華やか。チャイニーズシアターもクリスマス仕様。そしてクリスマスデコレーションで有名なビバリーヒルズの豪邸。しかしこうして写真にしてみるとその美しさ・迫力が足りないのが残念。

ゲティ・センター

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                                            7年ぶりに訪問の「ゲティ・センター」。7年前は開館直後でパーキングの予約は半年先だとか、待ち時間5時間だとか今のMOMAのような状態でしたが、7年の歳月が程よく効いて今は予約無しで当日行っても入れ、ゆっくり時間を過ごす事が出来る場所になりました(ロスアンゼルスでものんびりと)。入場は無料ですがパーキングは現在$7.00(7年前は$5でした)。

ここは石油王ポール・ゲティがコレクションした美術品を、元々マリブの太平洋を望む素晴らしい場所で公開していたものを現在の場所に移し、97年末に現在の形で新しくオープンしたもの。移転を機に大金持ちの個人コレクションから「美術館であり、ギャラリーであり、かつ研究所」へ大幅に進化したものです。

正直美術館としては、絵画(印象派、イタリア宗教絵画)、装飾美術、調度品、彫刻(多くの古代ギリシャ・ローマ美術を含む)などが並べられているので雑然とした感ありですが、何より素晴らしいのはリチャードマイヤー設計のその建物自体とロケーション。ふんだんに自然光を取り入れ、噴水や吹き抜けを多用したそのスペースはのんびりと半日を過ごすには最適。またLA最高の夜景の名所グリフィスパーク天文台が工事中の今、現在最高のLAの夜景の名所です(通常6時までだが金曜・土曜は夜9時まで)。

ロスアンゼルスにお越しの際は是非おより下さい。

サンタモニカ

SMentrance002SMbeach004SMbeach003SMtent001                                                 サンタモニカと聞いて何を思い出しますか?100年以上の歴史を持つ海水浴場、映画「スティング」で出てきた回転木馬、「ルート66」のゴールの地、ひょっとして桜田淳子(笑)?

私にとっては90年代の初めにアメリカ生活を始めた場所。まだ車がなかった頃(すなわちLAでは自由がないも同然)、週末はまだホームレスが沢山いたサードストリートプロムナードでご飯を食べ、ピア(桟橋)で新聞を読み、映画館で時間を潰していました。

それからサードストリートはどんどん発展し、ホームレスはよりビーチ側へ追いやられてしまいましたが、この街のひなびた空気と燦燦とした太陽、そして涼しげな海風は今も健在。

歳をとったらまた是非住みたい、なんて考えるようになったのはこっちが歳をとったせいかな?

December 24, 2004

ロスアンゼルスのクリスマス

santamonica001
ほとんど一日氷点以下のペンシルバニアを離れ、4時間半飛行機に乗ればそこはカリフォルニア・ロスアンゼルス・サンタモニカ・太平洋!窓からの眺めもオーシャンヴュー。

NYramblerのイメージが定着しましたが、元々アメリカで最初に、そして最も長く時間を過ごしたのはここロスアンゼルス。特に友人も知人も無く、右も左もわからない時期に歩き回って色々な事を学んだここサンタモニカ、日本食に通いまくったソーテルエリア、マリナレルレイ等には多くの思い出があります。今日から3泊ですがロスアンゼルスのクリスマスと最新の様子をお送り致します。

December 19, 2004

LIVE AID II

Freddy

ライヴ・エイドのお話の続きです。

勝ち抜きバンド合戦という視点で見てみると、通常ならばこういう場で確実に相手を食うライブの横綱「ザ・フー」*が人間関係最悪期で調子が悪く(ピートとロジャーが目もあわせない。Won’t getの歌詞間違い)地味。それに対し前頭から小結に上がったくらいだったU2が目立ちまくり。抑圧の象徴(?)として学ランを着込んだボノが若々しい、というかパンクっぽい迫力で演奏する「サンディ・ブラッディ・サンデイ」がアフリカの状況をも考えさせて破壊力満点。考えて見ればこの20年、政治に口出しをしているなんていうのはU2だけだと考えるとその一貫性は立派なものです。

これに対しロジャーとブライアンの人間関係が印税などをめぐって最悪で解散寸前(故障中の大関)だったクイーンが、これでだめだったら引退(解散)と通常のツアー並みの稽古(リハ)をしたという完璧なステージを展開。カド番からの逆転優勝。

大観衆の前に出れたのが嬉しくて仕方がないフレディ。この晩のパフォーマーとしても切れは抜群で、観衆をぐいぐい引き込んで、ここから本当にクイーンの全盛期が始まったのですが・・・この6年後に他界、翌年同じウィンブリースタジアムで追悼コンサート**が行われた事を考えると涙もの。

こういうチャリティには必ず現れるが、政治意識もチャリティとも無縁でギターを弾きながら歌って去ってゆく渡り鳥クラプトン。ロンドンではスティングと「見つめていたい」をディエット、フィラデルフィアではクラプトンのバックを勤め、そしてZep登場までの場つなぎで歌い、MCとドラムまで勤めるお祭り男、フィル・コリンズ。そのスティングはポリスからのひとり立ち時期。後でポールに対して何故ライブエイドで「Let It Be(なすがままに)」なんだと批判したのは有名。

ミックとティナ・ターナーはこの数年後に東京ドーム杮落としのミックのコンサートにテュナが乱入して歌っていたなあとか、エルトンとジョージ・マイケルはまだ仲が良かったんだなあとか思い出は走馬灯(この二人がステージでディエットしたのをLAで見ましたが、最近罵り合いをしているとか)。

更に続きます。

*ザ・フーの暴れっぷりは
「ウッドストック(ジミヘン以外には完勝)」、
ワイト島1970」、
ロックン・ロール・サーカス
(長いこと発売されなかったのは主催者のストーンズが惨敗したからとの噂.。DVDは出たばかり)」、そして2001年の
ザ・コンサート・フォー・ニュヨークシティ」をご覧下さい。

**「フレディ・マーキュリー追悼コンサート」ではメタリカ、ガンズ、エクストリーム、デフレパというその6年間に出てきたグループとエルトン(Show Must Go Onが最高)、ジョージ・マイケル(Somebody To Loveは圧巻)、
ボウイ(アニーレノックスとの「アンダープレッシャー」)、プラント、ロジャーダルトリー等のライブエイド英国組がかみ合って良いコンサートです。

December 17, 2004

LIVE AID I

liveaid01欲しくて欲しくてほぼ20年、発売から一ヶ月、ある意味史上最大のコンサートである「LIVE AID」のDVDをやっと手に入れました。

若い人の為に(?)説明するとこれは「アフリカの子供たちを飢餓から救う」チャリティコンサートで1985年7月13日正午にロンドンのウェンブリースタジアムで開始、途中からフィラデルフィアのJFKスタジアムでアメリカ側のコンサートが開始(それぞれ10時間)で平行の時間を入れて合計16時間に渡るコンサートを行って世界同時中継、合間合間にオーストリアとかソ連とか、日本とかの放送局からのそれぞれの国のミュージシャンの中継を交えて(ようは場つなぎですが)行われたもの。

日本ではフジが同時中継したのはいいけれど、無茶苦茶な切り方と変な同時通訳と南こうせつというちょっとロックとは違う解説者で放送した怒りをまだ覚えています。ショーンかジュリアンを入れてのビートルズ再結成やマイケルジャクソン(当時の世界一のスーパースター)やダイアナロスが出ると散々前宣伝しておいて、これが出てこずに司会進行(逸見さんだったか?)以下ぼろぼろだったような気が。何といっても土曜のゴールデンタイムにまず、ステイタスクオーが出てきた時の不思議な空気は忘れられません(何も聞かされていなかった?)

ビートルズは無いけれど、イギリスではチャールズ皇太子、ダイアナ妃列席の元、スタイルカウンシル、スパンダーバレー、アダムアンツ、ウルトラボックス、ハワードジョーンズ、ジョージマイケル(ワム!の再結成も当日あったはず)という80年代の狭間に消えて行った人たち、シャデー、スティング(ソロキャリアのスタート)、フィルコリンズ(コンコルドで飛んでアメリカ側にも参加)、エルトンジョン、デビットボウイといった今も生き延びている大御所、そしてこのコンサートが大ブレークのきっかけになったU2、解散寸前から一気逆転ホームランのクイーン、この日が再結成のザ・フー、そしてポール・マッカートニーと豪華な顔ぶれ(カルチャークラブ不在)。コステロやブライアン・フェリーが味なちょい役。

マイケルがいないアメリカでは、ぴちぴちのマドンナ(ヌード騒ぎの直後)、そのマドンナを加えてのトンプソン・ツインズといったポップダンス系(中継前に出たRUN DMCも収録)。ビーチボーイズ、トムペティ、カーズ、CSNとY(ニールヤング、何故別々?)といったアメリカンロックバンド。ブラックサバスwithオジー(喧嘩別れ中)、ジューダス・プリーストといったメタル勢。ソウル系は圧巻のパティラベル。フォーク系はジョーンバエズ。アメリカ出稼ぎツアー中だったクラプトン、頂点のディラン・デュラン、その分家パワーステーション(DVDに収録されず)、そしてペイジ・プラント・ジョーンズ&トンプソン(シック)+(フィル)コリンズ名義も解散後初顔合わせのレッド・ゼッペリン(当日一番受けたが、惨い演奏故DVD収録辞退)、全盛期のホール&オーツ、喧嘩状態だったが故にミックジャガー&ティナターナー、ロニー、(ボブ)ディラン&(キース)リチャーズの2組で登場のストーンズチームというチョー豪華顔合わせ。ジャックニコルソン、ベットミドラー、チェビーチェイスといった進行役が豪華。

続く。

ライヴ・エイド(初回)LIVE AID

December 16, 2004

雪のピッツバーグ

pittsburghピッツバーグはこの所、断続的に雪続き。例年に比べるとちょっと遅いらしいのですが。こんな時期の出張は飛行機の遅れの連続。私の良く利用するユナイテッドエアラインはハブがシカゴとデンバーで共に冬場は雪の危険あり。ピッツバーグをハブにしているUSエアウェイズと共にChapter11(日本流なら会社更生法適用)になっているのはこんな事も原因になっているのかも知れません。

December 13, 2004

落水荘 Falling Water

falling_waterついに雪の降り出したピッツバーグですが、その名所をご紹介します。

落水荘 Falling Water
ニューヨークのグッゲンハイム美術館、日本の旧帝国ホテルのデザインで名高いフランク・ロイド・ライト設計による住宅。ピッツバーグのカウフマンデパートの創業者・カウフマン邸として1936年にピッツバーグの郊外に建築され、滝の上に建物がせり出しているところから落水荘(Fallingwater)と呼ばれています。内部は写真撮影禁止ですが日本に関連した書籍・雑誌等も多くおかれていました。その自然と一体化した調和したたたずまいから多くの人々を魅了しています。

公開は3月から11月(サンクスギビング)までの月曜を除く毎日 10:00AM-4:00PM
12月は週末とクリスマスから元旦までの間開いていますが1月、2月はお休み
紅葉シーズン(10月)は予約をお勧め:724-329-8501
行き方は ここ(英語)


ニューヨークのクリスマス

20012003ABC249★ニューヨーク・スローライフで紹介されている2004年のカルチェのデコレーション。私も記憶が定かでなかったので昨年の写真(左)を引っ張り出して見ると確かに豹はいますが、ティアラは無し。今年の方がゴージャス。

5番街のデコレーションの様子やホテルの予約状況(9月以降満杯が続いているそうな)を聞くと、今年は完全に2001.9.11の影を払拭した感はあり。でも活気が戻って来たのは嬉しいけれど、2001年のヘンリヴェンデルのショーウインドウ(右)がちょっと懐かしいのは私だけ?

December 12, 2004

新生MOMAについて

MOMA011最初の印象は「なんだかあんまり変わっていないなあ」。でもそれは良い意味で落ち着ける雰囲気をそのまま保っているという事。今は新装開店の大賑わいで大混雑ですが、ちょっと落ち着いてくれば、「マンハッタンでのんびりと」落ち着ける場所になると思います。

次に浮かんだのはやけに窓が多くて陽光がはいりやすい設計だなあということ(設計日本人・谷口吉生氏)。まるでカリフォルニア(例:ゲティ美術館)?でもカリフォルニアの美術館がその燦燦と降り注ぐ陽光を建物の中に取り込もうとしているのに対し、新生MOMAは建物の中身(アート)が外へ向かってつながろうとしているという「意思」を強く感じました。

$20は高いという声もありますが、私が住んでいたら絶対に年間会員になります。それと金曜日の夕方4時からは無料なので時間と体力のある方はチャレンジを(有料で良いなら無料になる直前が狙い目?)。

はじめまして

皆様、どうもはじめまして。Ramblerと申します。

現在米国ペンシルバニアの山中を拠点に全米を駆け回る日々ですが、より広く世界の皆様と繋がって行こうと思いウェブログを開設します。トピ主を勤めさせているYahoo掲示板「マンハッタンでのんびりと」同様、是非のんびり・まったりして行って下さいませ。

皆様のお越しをお待ちしております。

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