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December 19, 2004

LIVE AID II

Freddy

ライヴ・エイドのお話の続きです。

勝ち抜きバンド合戦という視点で見てみると、通常ならばこういう場で確実に相手を食うライブの横綱「ザ・フー」*が人間関係最悪期で調子が悪く(ピートとロジャーが目もあわせない。Won’t getの歌詞間違い)地味。それに対し前頭から小結に上がったくらいだったU2が目立ちまくり。抑圧の象徴(?)として学ランを着込んだボノが若々しい、というかパンクっぽい迫力で演奏する「サンディ・ブラッディ・サンデイ」がアフリカの状況をも考えさせて破壊力満点。考えて見ればこの20年、政治に口出しをしているなんていうのはU2だけだと考えるとその一貫性は立派なものです。

これに対しロジャーとブライアンの人間関係が印税などをめぐって最悪で解散寸前(故障中の大関)だったクイーンが、これでだめだったら引退(解散)と通常のツアー並みの稽古(リハ)をしたという完璧なステージを展開。カド番からの逆転優勝。

大観衆の前に出れたのが嬉しくて仕方がないフレディ。この晩のパフォーマーとしても切れは抜群で、観衆をぐいぐい引き込んで、ここから本当にクイーンの全盛期が始まったのですが・・・この6年後に他界、翌年同じウィンブリースタジアムで追悼コンサート**が行われた事を考えると涙もの。

こういうチャリティには必ず現れるが、政治意識もチャリティとも無縁でギターを弾きながら歌って去ってゆく渡り鳥クラプトン。ロンドンではスティングと「見つめていたい」をディエット、フィラデルフィアではクラプトンのバックを勤め、そしてZep登場までの場つなぎで歌い、MCとドラムまで勤めるお祭り男、フィル・コリンズ。そのスティングはポリスからのひとり立ち時期。後でポールに対して何故ライブエイドで「Let It Be(なすがままに)」なんだと批判したのは有名。

ミックとティナ・ターナーはこの数年後に東京ドーム杮落としのミックのコンサートにテュナが乱入して歌っていたなあとか、エルトンとジョージ・マイケルはまだ仲が良かったんだなあとか思い出は走馬灯(この二人がステージでディエットしたのをLAで見ましたが、最近罵り合いをしているとか)。

更に続きます。

*ザ・フーの暴れっぷりは
「ウッドストック(ジミヘン以外には完勝)」、
ワイト島1970」、
ロックン・ロール・サーカス
(長いこと発売されなかったのは主催者のストーンズが惨敗したからとの噂.。DVDは出たばかり)」、そして2001年の
ザ・コンサート・フォー・ニュヨークシティ」をご覧下さい。

**「フレディ・マーキュリー追悼コンサート」ではメタリカ、ガンズ、エクストリーム、デフレパというその6年間に出てきたグループとエルトン(Show Must Go Onが最高)、ジョージ・マイケル(Somebody To Loveは圧巻)、
ボウイ(アニーレノックスとの「アンダープレッシャー」)、プラント、ロジャーダルトリー等のライブエイド英国組がかみ合って良いコンサートです。

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